山口、東行庵と巌流島をおさんぽ

 

高杉晋作の思い描いた日本を想像しながら思いふける四十日目。

下関を拠点に奇兵隊の眠る東行庵と巌流島、そして壇ノ浦周辺を巡ってきました。

山口県には男たちのロマンと様々な想いが詰まっていました。

梅雨真っ只中、雨降る下関をおさんぽします。

 

 

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高杉晋作が描いた日本の未来 東行庵


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下関からJRで小月駅に移動、そこからバスで東行庵入口まで行きます。

東行庵に着くとさっそく高杉晋作の像が迎えてくれます。

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「おもしろき こともなき世に おもしろく」

高杉晋作が人生最後に詠んだとされる有名な句です。

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「すみなすものは 心なりけり」

晋作の最期を看取った野村望東尼がそれに下の句を加えています。

一見破天荒に見える晋作さんですが、当時の日本の現状を嘆き、国の未来の生末を真摯に悩み続けた繊細な男だったのかもしれません。

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のちに東行庵となる無隣庵をおうのに譲った第九代内閣総理大臣・山縣有朋公の像です。

上海に渡航した晋作の留守を任され、奇兵隊軍艦として活躍した晋作を支えた人物の一人です。

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東行庵の裏山にも高杉晋作の像が立っていました。

27歳という若さで亡くなってしまったのに、日本の歴史を変えて倒幕へと導いた力は凄まじいものです。

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さらに奥には、昭和四十八年に安置された大きな聖観音菩薩石像が見守っていました。

昭和になっても平成になっても語り継がれる奇兵隊の功績は、これからもずっと語り継がれていくことでしょう。

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晋作には妻とおうのという名の愛人がいました。

この東行庵はおうのが尼となり建立を希望して、生涯を閉じるまで東行の菩提を弔いました。

破天荒な男である晋作さんがモテるのは当然ですね。

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男と女の色恋沙汰はいつの時代になっても答えなんてなく複雑なものですね。

晋作さんが思い描いた「おもしろき世」に今の日本はなりましたか?

 

 

決闘の聖地 巌流島


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決闘の前にまずは腹ごしらえ、唐戸市場にやってきました。

下関のふぐの水揚げ量は日本一で、この市場では様々なおいしいふぐ料理が食べられます。

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新鮮なふぐが食べたくてふぐのフクロ競りに参加しましたが、男達の闘いについていけませんでした。

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市場ではすしの握りがひとつ100円から売っていました。

ふぐの握りはなんと100円!おいしくいただきました。

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握りを食べてもう一度市場を見に行くとタイムセールが開催中で「六個好きなネタで500円だよ!中トロ入れていいよ!」と市場のおばちゃんの勢いに負けて買ってしまいました。

安くてうまいお寿司やふぐのから揚げ等が食べられて、お腹もいっぱいで大満足です。

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腹ごしらえを終えて、いよいよ宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の舞台・巌流島へと向かいます。

巌流島へはこの連絡船で向かいます。

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荒れる海を渡って、巌流島へと上陸しました。

現在は無人の島となっていて、観光か釣り場として利用されている島となっています。

かつてアントニオ猪木がデスマッチを行った舞台としても有名です。

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島を進んでいくと遠くで決闘している姿が見えてきました。

巌流島は小さな島で決闘の銅像や人工海浜等があるだけで小一時間で回れてしまいます。

観光地として発展させるにはもう少しテコ入れが必要かなと思いました。

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武蔵と小次郎、そして二人のゆかりの地を巡ってきた私で男三人の決闘がはじまりました。

決着は…皆さんのご想像にお任せします。

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帰りはこの船に乗って下関へと帰ります。

すみません、嘘です。

こちらは武蔵が乗ってきた舟をイメージして人口の砂浜の上に置かれており、決闘に遅刻してきた武蔵は舟の櫓ろをけずって作った長い木刀で小次郎を倒したと語られています。

決闘の巌流島を後にして、もうひとつの戦いの地・壇ノ浦へと向かいます。

 

 

最後の戦いの地 壇ノ浦


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平氏と源氏の最終戦の地、壇ノ浦の近くには赤間神宮があります。

ここには壇ノ浦の戦いにて八才の若さで入水して亡くなった安徳天皇が祀られています。

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壇ノ浦の戦いで平氏は滅亡し、源氏が鎌倉に幕府を開き武家政権がはじまっていきます。

安徳天皇は敗戦を悟った祖母の二位尼に連れられて、天叢雲剣・八尺瓊勾玉と共に入水します。

「波の下にも都がございます」と幼き孫と共に海へと身を投じる祖母の気持ちを思うと悲しい気持ちになります。

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壇ノ浦へと移動していると関門橋が見えてきました。

明日は向こう側の九州にいると思うとわくわくします。

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源義経と平宗盛、そして一般人の私で男三人最後の決戦がはじまりました。

決着は…もちろん皆さんのご想像にお任せします。

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最後に砲台跡に復元された長州砲を見に来ました。

時代は進んで幕末、長州藩はこの場所で外国船を砲撃し報復攻撃にあって壇ノ浦砲台は壊滅、外国の軍備を思い知らされます。

それがきっかけとなって開国討幕へと転換していくことになります。

壇ノ浦の地は様々な時代において歴史が変わるきっかけとなる地となってきたわけですね。

九州と本州を結ぶ場所から私の歴史も変わっていくのでしょうか。

九州初上陸、どんなことが起こるのか楽しみです。

 

 

本日のまとめ


下関 ⇒ 小月 ⇒ 巌流島 ⇒ 壇ノ浦

移動距離  68,1km

歩いた歩数 13665歩

使ったお金 13,036円