宮城、石巻をおさんぽ

 

東北最後の県は宮城県にやってまいりました。

青春18きっぷはどこへでも行ける夢の切符と思っていた、出発前のわたくし。

計画した場所へ半分以上行けずに仙台に到着、ああ車が欲しい。

しかしそれも旅の醍醐味、出会いあり再会ありの東北青春ひとり旅最終章です。

 

 

 

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宮城① 石巻市を巡る


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盛岡から仙台に向かった私は、先輩の家に転がり込んでお世話になっていました。この日は仙台からJRに一時間ほど乗って石巻へと向かいます。

駅を出るとサイボーグ002が空から石巻を守っていました。さらに駅の横では金髪美女の003ことフランソワーズが私を出迎えてくれました。

お「待たせてごめん、フランソワーズ」

フ「あなたが仙台に着いた頃から見ていたわ」

超視覚の能力はおそろしいです。

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石巻市が萬画の街となったのは、サイボーグ009や仮面ライダーの作者である宮城出身の石ノ森先生が、シャッター街となってしまっていた石巻の中心市街地にマンガミュージアムを建設してにぎわいをもたらそうという話が持ち上がったことに始まります。建設前に石ノ森先生は享年60歳で亡くなってしまいましたが、話が持ち上がってから6年後の2001年に石ノ森萬画館がオープンしました。

『漫画』ではなく『萬画』と表現されているのは「あらゆるものを表現できる無限の可能性を秘めたメディア」であるという石ノ森先生の理念からそう表現されています。

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石ノ森先生の商店街を盛り上げたいという想いは、震災後も生きていました。

『石巻立町復興ふれあい商店街』は石巻の被災した店舗が集まって作った仮設店舗の商店街で、2011年の12月から営業されています。週末には様々なイベントを開催するなど復興に向けて石巻の街を盛り上げている商店街です。

福島を訪れたときにも思いましたが、やっぱり商店街のパワーってすごいです。全国各地で大規模店舗が猛威をふるってますが、商店街に行って初めてその街の個性が伝わってくる気がします。大きな声では言えませんが全国どこに行っても同じ大規模店舗が並ぶ姿は味気ない。

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『仮面ライダーV3』

石巻の街の中では石ノ森先生のマンガのキャラクターたちが出迎えてくれます。

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『サイボーグ009 島村ジョー』

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『秘密戦隊ゴレンジャー レッド』

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『仮面ライダー』 変身!!

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『さるとびエッちゃん』 萌え?

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『がんばれロボコン』

がんばろう石巻!がんばろう宮城!がんばろう東北!!

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マンガ以外にも昭和初期の建物や陶磁器が残っている『かんけい丸』というレトロなお店があったり、グルメなお店が並んでいる広場があったり楽しめる商店街が続いています。

石巻の商店街周辺の道はタイルが敷き詰められていたり、雰囲気のあるレトロな建物が多かったり、商店街好きとしてはわくわくする街並みが広がっていました。

ここから駅前で自転車を借りて日和山公園へと向かいます。

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駅から30分程走った頃、『耳をすませば』に出てきそうな急な坂を自転車で登り切ると日和山公園の入口が見えてきます。

日和山公園の中にある鹿島御児神社で参拝しました。

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神社の鳥居がある場所は石巻の街を見渡せる展望台になっています。ここにはかつて石巻城があったそうで松尾芭蕉も訪れたそうです。

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東日本大震災が起きたとき、ここから見える石巻漁港や市街地は広範囲に津波の被害を受け、たくさんの人がこの日和山に逃げてきたそうです。人に猛威を奮うのは自然、人を守るのも自然。わたしたち人間は自然と共に生きています。

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旧北上川に浮かぶ中瀬には宇宙船をイメージして造られた『石ノ森萬画館』の建物が見えました。

萬画館には時間が足りずに立ち寄れなかったので、石巻にはまたゆっくりと訪れたいですね。

 

宮城② 女川町を巡る


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石巻からひたすら自転車(ママチャリ、切替なし)をこいで、女川町へと向かいます。先に言っておきますが、良い子は真似しないように!(遠いし、海沿いは風が強いし、道幅が狭いので自転車で行くのは過酷です)

JR女川駅までの電車は2015年3月から再開して、約30分で石巻ー女川間を走っています。電車の走る海沿いの線路の横には新たな堤防が作られていました。

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女川の市街に向かう途中にある『マリンバル女川おさかな市場』。女川港で水揚げされた魚介類や加工品が売っています。

ここで食べたさんまの昆布巻き、うまかったなあ。

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女川町のに着くとトラックや工事車両が行きかっており、町中が工事をしていました。正直なところ、震災から4年経っていたのでもっと工事が進んでいることを想像していました。土地のかさ上げ工事というものはすごく時間がかかることを目の当たりにしました。

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津波の引き波によって建物ごと転倒した女川交番です。

当時のまま建物が残されていて、津波の恐ろしさを痛感します。

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女川港でも復旧工事が進んでいました。

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女川駅は新たに生まれ変わり、立派な駅が建てられていました。

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「女川は流されたのではない。新しい女川に生まれ変わるんだ。」

女川町の中学1年の女の子が作った詩のメッセージが横断幕として掲げられていました

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右の看板には「計画 高さ」と書いてありました。土地のかさ上げの計画でしょうか。

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女川町の『きぼうのかね商店街』に立ち寄りました。

ここはがれきの中から1つだけ見つかった旧女川駅舎のからくり時計の希望の鐘をシンボルとして、復興のために開設された商店街です。

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商店街に入ってすぐの所にある『串焼きたろう』でつくねと牛タン串をいただきました。ジューシーなお味がとてもおいしかったです。

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来た道を引き返して、石巻駅へと戻りました。

女川と石巻の一日も早い復興を願っております。

 

 

宮城③ 仙台城跡を巡る


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仙台駅に戻ってきました。実は仙台では先輩の家に三泊ほどお世話になり、宮城を堪能していました。

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この日はあいにくの雨模様でしたが、歩いて仙台城(青葉城)跡のある青葉山公園へと行きました。先に言っておきますが、フリーパスもあるので素直にバスを使いましょう。

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入口のそばには、『五色沼』という日本フィギュアスケートの発祥の地がありました。

この場所があったからこそ、真央ちゃんがいるわけですね。

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公園内にある仙台市博物館に寄ってみました。

この日は浮世絵展が開催されており、観覧してみました。とても美しい浮世絵が並んでいたのですが、美術館的な場所はアートな人が行く場所だなということを痛感しました。だって葛飾北斎の絵より伊達政宗の歴史の方が興味沸いたんだもの。

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博物館を見終わって、石垣を見ながら仙台城本丸のあった場所へと向かいます。

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お城へと続く道には鳥居が建っていました。

横に並んでる行列はバス待ちの人々。しかし並ぶのが嫌でもバスでいくことをおすすめします。(なぜなら歩いたせいで瑞鳳殿に行けなかったから)

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鳥居の先には宮城縣護國神社がございました。

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この場所に仙台城の本丸があったそうです。

仙台城は1601年に伊達政宗によって建てられました。徳川家康の警戒を避けるために、 あえて天守閣は設けなかったと言われております。

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伊達政宗公の銅像でございます。

独眼竜の名を持つ政宗さんは仙台藩のドンとして、仙台城下町の建設を進めました。

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銅像の前からは仙台の街を見渡すことが出来ます。

この日はあいにくの天気で雲がモヤモヤでなにも見えず。

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伊達氏の家臣である支倉常長さんもいらっしゃいました。

エスパーニャやローマへ訪れて、交流を築いたにも関わらず日本での禁教令の影響で想いを果たせなかった支倉さん。今も昔も攻める人間は生きづらいのが日本の社会なのでしょうか。

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城跡を一周して、大手門へ出ると再現された脇櫓がありました。仙台城跡の中で、ここが一番お城っぽい場所でした。

仙台城跡を巡り終わって、時刻はすでに夕方でしたのでご飯にすることにしました。

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まさかのラーメン二郎 仙台店。

だって行列が出来てたから無性に食べたくなったんだもの。二郎にビビる仙台の若者たちにスピードを見せつけて、この日は帰宅しました。

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仙台といえば牛タン。二郎で締めるわけにはいかないので二大巨塔『喜助』の牛タン定食でラストを締めくくります。

宮城はお世話になった先輩の故郷であったり、相方の故郷であったり、東京に上京して出会う人はなぜか東北や北海道の人が多くて東北にはなんとなく思い入れがありました。

ずっと被災地を自分の目で確かめたいと思っていたし、中学校の修学旅行以来行ってなかった東北をめぐりたいと思っていて、ようやく来ることが出来ました。東北は電車で旅するには少し不便だったけど、電車の中で感じる地元の人たちの空気感やゆっくりと流れる時間の感じがとても居心地がよくて、なんだかやさしかったです。震災があって大変なはずなのに、人のこと思って行動するやさしい人たちに出会い、東北が改めて好きになりました。東北の人はシャイだけど、人一番仲間想いなんじゃないかなと勝手に感じています。

人生初の一人旅は、全然ひとり旅にはなりませんでしたとさ。

 

つづく…