長野、松本城をおさんぽ

 

ふたりの旅も一区切り、32の県を巡ってきてLAST OF CITYに突入の八十日目。

日本が誇る国宝五城の最後の城、長野・松本城を訪れました。

姫路城がシロサギのように真っ白なのに対して、松本城はカラスのように真っ黒。

念願だった日本国宝五城コンプリートを果たしにいきます。

 

 

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黒い烏の堅固な城 松本城


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松本駅に到着し、そこから歩いていくとさっそく松本城に着きました。ずいぶんと可愛いお城ですね…

というのは冗談でこちらは路地にあった立派な古本屋さんでした。松本城は駅から歩いて15分、松本城公園の中にあります。

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松本城に向かう途中には縄手通り商店街があり、50近くのお土産屋さんや飲食店等のお店が並んでいます。

この城下町風の商店街ではカエルがシンボルとなっていて、各地にカエルのオブジェや石像を見ることができます。

写真のカエルは縄手通りの入口にあるカッコいいカエルのオブジェ。

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縄手通りの途中には四柱神社があって、その名のとおりアマテラスさんをはじめとする四人の神様が祀られている神社です。

なかなか風情のある神社なので、ぜひ立ち寄ってみてください。

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縄手通り商店街を満喫した後は松本城公園へと足を進めます。

松本城は戦国時代に造られた深志城が築城されたのが始まりです。小笠原氏が深志城を支配していた頃、武田信玄が信濃に侵攻して深志城は落城、小笠原氏は追放されました。その後、武田氏が滅亡して小笠原氏が旧領土を回復して城を奪還し松本城と名を改めました。

松本城はよーく見ると少し傾いています。貞享騒動の首謀者・多田嘉助の怨念によって傾いたといわれる伝説もありますが、現在では建物の自重で沈み込んだことにあると見られています。

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黒門と呼ばれる一の門をくぐって、天守へとれっつらごー。

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松本城の天守は二つの時代にまたがって造られています。

右側部分の大天守・渡櫓・乾小天守の三棟は戦国時代に戦う目的で造られた強固な天守となっており、関東の徳川家康の監視という役割を持っていたそうです。左側部分の月見櫓・辰巳附櫓の二棟は江戸時代初期の平和な時期に造られて、戦う備えを持たない造りになっています。

このような戦国から江戸にまたがって違う時代の天守・櫓が複合された城は日本唯一のめずらしい造りなんだそうです。

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アヒルの親子も平和そうに泳いでいます。

かつて戦いが絶えなかった場所の横にお月見の場所を建てる。

昔の人も平和を常に願って生きていたのかもしれません。

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しかし平成の時代になっても争いはあります。

戦国時代の武士の残党がいたので戦いを挑んでおりますが、まったく歯が立たず微動だにしておりません。

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廊下は走っちゃダメですよ~

この廊下は武者走といって武士達が戦闘の際に矢玉を持ってここを走り回っていたそうです。

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天守の中には鉄砲狭間・矢狭間という弓や鉄砲を放つための小さな窓が全部で115か所設置されています。

戦うために造られた城には敵を倒すための様々な備えをしていました。

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監視班も銃をかまえて準備オーケーです。

こんな格子の隙間からよく敵を狙えたなと感心します。

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最上階は大混雑でした。

かつての戦いの場所は今は休憩所として役立てられていました。

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最上階で上を見上げると神様が祀られておりました。

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最上階からの眺めは美しい山々を見渡すことの出来る絶景です。

広場では武士の残党が現代人との写真撮影に勤しんでいました。

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立派な太鼓門の近くのベンチで休憩です。

公園内には博物館もあって、松本城にまつわる歴史を学べます。

歴史に城に商店街にいろいろと楽しむことができました。

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ゴールも決めずに出発した終わりなき旅も残すところあと二日。

最後は自然を楽しもうということでキャンプ場で二泊、そして富山県で断念した黒部ダムのある立山黒部アルペンルートへと向かいます。

旅の終わりにはどんなことが待っているのか楽しみです。

 

 

本日のまとめ


長野 ⇒ 松本

歩いた歩数 18564歩

使ったお金 17,257円