和歌山、高野山をおさんぽ

 

熊野古道を巡る旅も、いよいよ最終地点・高野山へと辿り着いた十四日目。

伊勢路、大辺路、中辺路、小辺路と熊野参詣道を少しずつ巡ってきた最後にはどんなことが待っているのでしょうか。

今回は、大門ー壇上伽藍ー金剛峯寺ー金剛三昧院ー奥之院ー女人堂の順で巡ります。

弘法大師空海の残した高野山の空気を五感で感じながら歩きます。

 

 

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空海によって開かれた聖地 高野山


高野山1

高野山へは和歌山方面から電車で行くと橋本で乗り換えて極楽橋という駅へ行きます。

そして、高野山行きのケーブルカーへと乗り込むと高野山の駅へと着きます。

そこからバスで大門か女人堂へ向かうのですが、私たちは約一時間歩いて大門へと向かいました。

ただのアスファルトの車道の路肩を歩くことになるので注意して進みます。

高野山2

こちらが高野山の総門である大門です。

開創当時は、現在より少し下った九十九谷折りに鳥居があって総門としていたそうです。

山火事や落雷で鳥居は焼失してしまい、現在の門は1705年に再建されたものです。

高野山3

門をくぐると仁王像が睨みを利かせていました。

高野山4

大門の先は既に空気が違って感じました。

すべての気孔を開放して、パワーを感じて歩いていきます。

 

 

根本道場 壇上伽藍


高野山5

壇上伽藍の門は、中門と呼ばれています。

高野山6

高野山にある門やお堂は焼失と再建を繰り返し、今に至るものが多いです。

そうして歴史は受け継がれていきます。

高野山8

こちらは御社(みやしろ)です。

ここには丹生・高野大明神や十二王子等、様々な神様が勧請されて祀られています。

高野山7

御社の拝殿、山王院です。

高野山9

御社の奥に位置する西塔です。

高野山10

西塔の奥には切株があって、この太い木から建物が造られているそうです。

高野山11

伽藍の中心に位置する根本大塔です。

真言密教の根本道場におけるシンボルとして建立されたそうです。

高野山12

こちらは東塔です。

尊勝仏頂尊と不動明王・降三世明王が祀られています。

高野山13

根本大塔と共に伽藍の真ん中に位置する金堂です。

高野山一山の総本堂で、年中行事はここでされることが多いそうです。

 

 

真言宗総本山 金剛峯寺


高野山14

金剛峯寺とは元は高野山全体の総称でしたが、明治二年に青巌寺というお寺が改称されて金剛峯寺と呼ばれるようになりました。

高野山15

こちらが和歌山県指定文化財に指定されている金剛峯寺の建物です。

拝観料500円で中にも入ることが出来ます。

中に入ると襖に描かれた様々な襖絵を堪能することが出来ます。

高野山17

こちらの扉にある地紋は五三の桐と三頭右巴と言い、二つで地紋とされています。

五三の桐は豊臣秀吉拝領・青厳寺の寺紋、三頭右巴は高野山の鎮守・丹生都比売神社の寺紋だそうです。

高野山16

こちらは蟠龍庭と呼ばれる庭で日本最大の石庭です。

 

 

別格本山長老坊 金剛三昧院


高野山21

金剛峯寺から少し離れたところにある北条政子の発願によって建てられた金剛三昧院です。

大田区出身の親切なお坊さんがいます。

高野山18

こちらが本堂で真ん中に光っている銀の杖が大錫杖と呼ばれるもので左右に廻して鳴らすと願いが通じるそうです。

高野山19

奥にある少し山道になった所を登ると四所明神社があります。

ずいぶんと古い神社で重要文化財になっているそうです。

高野山20

源頼朝、実朝の御霊を供養するために北条政子が建立したのが、この多宝塔です

高野山に現存する最も古い建立物で国宝にもなっています。

 

 

日本の英雄が眠る最果ての地 奥之院


高野山22

一の橋から弘法大師御廟へと続いている参道には、日本の英雄の墓石や慰霊碑が並んでいます。

敵同士の武田信玄の供養塔と上杉謙信の霊屋が近くにあったり、伊達政宗・明智光秀・石田光成の供養塔があったり、そして織田信長の供養塔と豊臣秀吉の墓所もこの地にあります。

言葉では表せられない力を感じる場所で、訪れた人にしかわからないなにかがこの道にはあるように感じました。

高野山24

道の途中には英霊殿があり、第二次世界大戦の戦死者供養のために建てられたものです。

昔の戦国武将達だけではなく、近代の日本において活躍された著名人の慰霊碑もありました。

高野山29

御廟橋を流れる川は、霊峰楊柳山より流れ出ている清水で出来た玉川という名前の川です。

私の住んでいた地にある玉川神社と同じ名前とはなにか縁があるのでしょうか。

高野山23

奥之院に参詣する前に並んでいる水向け地蔵に水を手向けてご先祖の冥福をお祈りします。

ここから御廟橋を渡ると奥之院・弘法大師御廟へと辿り着きます。

合計三十七枚の橋板を一枚一枚数えながら渡って、弘法大師御廟の聖域へと入っていきます。

そして、弘法大師様にお祈りしてきました。

 

 

かつて女人禁制だった聖地 高野山


高野山25

奥之院を後にして、帰り道は女人堂へ向かって歩きます。

その途中にあるのが徳川家康公の霊廟がある徳川家零台です。

残念ながら拝観時間に間に合わず、門の中は見れませんでした。

高野山29

幼児を捕えて食う悪女鬼が一子を奪われて改心、出産と保育の神様となったのが鬼子母神です。

悪い鬼だって改心すれば神様になれるのです。

高野山30

総計六時間、24000歩の高野山を巡る旅は終わりを告げました。

高野山は熊野古道を巡ってきて、最後にふさわしい力をもらえる場所でした。

無事ここまで来れたことに感謝して、旅は次の場所へと移ります。

高野山28

高野山は明治五年までは、女人禁制の地で女性の立入りが厳しく制限されていました。

そのため、高野山の七つの登り口に女性のための参籠所が設けられて女人堂と呼ばれていました。

この人は女子禁制がまだ解けていないと思い、六時間ずっと待っていたのでしょうか。

高野山27

帰り道、太陽がとても神々しい姿だったので思わず写真に収めました。

本当に神様とか仏様ががいるかどうかとかは重要じゃなくて、様々な歴史の上に私たちの現在が成り立っていることに感謝する一日となりました。

先人たちが平和を祈って築いてきた日本の国を、私たちも進歩しながら守っていかなきゃならないのではないでしょうか。

 

 

本日のまとめ


和歌山 ⇒ 高野山 ⇒ 新大宮

移動距離  127km

歩いた歩数 24407歩

使ったお金 19,580円