鹿児島、出水をおさんぽ

鶴のように美しく飛び立ちたい五十日目。

九州最南端の鹿児島県に突入、鶴の渡来地として有名な出水市へと訪れました。

10月中旬から3月にかけて約一万羽の鶴が出水の地で越冬するらしいです。

鶴は見れませんでしたが、他にも出水には良い場所がありました。

 

 

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鶴が降り立つ街の武家屋敷 出水武家屋敷


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出水駅に到着するとツルがお出迎えしてくれました。

実際にツルを見れるのは冬の時期で、今の時期はツルの銅像さんを見て我慢します。

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今日の天気も快晴、武家屋敷群のある地区へとおさんぽです。

武家屋敷群の家のほとんどは現在でも人が住んでいて、中まで全部公開されているのは二軒だけでした。

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一軒目は税所邸というお家です。

この周辺は伝統的建造物群保存地区となっており、保存のために家の中を勝手にいじくってはいけないんだそうです。

おかげで若い人がなかなか帰ってこないという嘆きも聞こえてきました。

観光として訪れると住んでみたいと憧れますが、実際に住んでいる人からすると不便が多くて大変なんですね。

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畳の続く部屋を見ると大の字に寝ころびたくなるのは私だけでしょうか?

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上座敷はお偉いさんがいらした時の部屋で、壁には朱色の塗装が塗り込まれています。

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当時の薩摩では男尊女卑が激しい社会でしたので、女性はこの段差から先へと上がることは許されなかったそうです。

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なんの変哲もない道のようですが、両脇には石垣が並んでおり、家からは道路の様子が見下ろせるようになっています。

いつ敵が襲ってきても様子がわかるように石垣を設けて家の位置を高くしたわけですね。

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ここはかつての城跡でしたが、現在は小学校が建っていて子どもたちが元気に勉強しています。

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二軒目の竹添邸へとおじゃましました。

こちらは大河ドラマの撮影でも使われたそうです。

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愛嬌たっぷりのおじちゃんに説明してもらいながら屋敷の中を回ります。

当時の薩摩では外城制を引いていて、武士たちがこの武家屋敷に住んでいました。

この『あつかい』という字は薩摩において身分の高い武士のことをこう呼んだそうで、「漢字変換では出ない感じなんだよ!」とおじちゃんは豪語しておりました。

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カメラを近づけてジオラマを撮ると本当の街みたいに撮れるとおじちゃんが言うので、実際にやってみました。

たしかに時代劇の冒頭の説明に出てきそうな街並が撮れましたよ、おじちゃん。

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江戸後期の神仏分離令により、仏間を置くことはタブーとされていました。

しかし部屋と部屋の狭い部分にこっそりと仏間を作り、後世で仏様を拝めるように願ったんだそうです。

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この部屋も朱色の壁になっていて、お偉いさんを迎えるときの部屋として使用されていました。

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全部の部屋を合わせると相当広い家となっていて、冠婚葬祭ごとがあると部屋のしきりを全部取っ払って、この家の中で冠婚葬祭ごとを行ったそうです。

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いつでも部屋を開放して広く使えるように押し入れなどがなく、この納戸の中に布団等を閉まっていました。

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敵が来た時にはいつでも戦えるように戸の上には槍が置いてあり戦いに備えてました。

部屋の造りも外の様子がどこからでもすぐにわかるよう建てられています。

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この通路では大河ドラマの篤姫のワンシーンは、ここで撮影されたそうです。

宮崎あおいが歩いたんでしょうか、なんかドキドキしますね。

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武家屋敷と出水駅の間にある日本一のお地蔵さんがいる八坂神社に立ち寄りました。

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全長4メートル以上ある一枚岩から作られているお地蔵さんで、ずべての地蔵菩薩の元締め的な存在なんだそうです。

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やさしく笑うお地蔵さんは出水の街の人々をやさしく見守っていました。

九州最南端の鹿児島でも楽しいことがいっぱい待っていそうです。

 

 

本日のまとめ


出水 ⇒ 武家屋敷

歩いた歩数 15015歩

使ったお金 16,812円