山口、萩城下町をおさんぽ

 

すでに九州を忘れて山口県に魅了されてる六十六日目。

数々の著名人が育った松下村塾のある萩の街を自転車で散策します。

憧れの高杉晋作が育った萩には情緒ある城下町が広がっていました。

回った場所を全部載せたら長くなってしまったのでご了承ください…

 

 

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明治維新胎動の地 萩を歩く


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城下町をゆっくりと歩いて風情を味わう…

そんな呑気なこと私たちは言ってられません。

山の上から川沿いまで、萩の隅々を自転車で駆け回ります。

まず最初にやってきた萩の城下町は、明治日本の産業革命遺産の構成資産としても選ばれました。

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萩市文化財施設一日券という310円で9つの文化財を回れるチケットが売っていたので、それを購入して回ることにしました。

まず最初に訪れたのは木戸さんのお宅です。

木戸孝允、別名 桂小五郎は維新の三傑とも呼ばれ、長州藩の先頭に立って明治維新に尽力した人物です。

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畳を見ると寝っ転がりたくなるのが私の性です。

しかし人の家ですのでお行儀よく見学しましょう。

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この小さな棚の中には短刀が隠されており、いつでも戦えるように備えていたそうです。

現代社会ではいつでも刀を抜ける(戦える)人間は少ないですね。

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次は旧久保田家住宅へとやってきました。

呉服商・酒造業を営んでいた家で、御成道に面した道に建てられた江戸後期の住宅です。

今回はスルーしましたが正面には菊谷家住宅が建っており、こちらは重要文化財に指定されている建物でございます。

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高級そうな庭には立派な灯篭が置いてありました。

商売繁盛してたんですなあ。

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この家には隠し二階があって、偉い人や武士をかくまったりする部屋だったそうです。

江戸時代、二階を作ることは固く禁止されていました。(大名行列を見下すのは許されないため)

そのため二階は玄関側からは見えず、部屋の中からもわからないように作られています。

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こちらはお台所ですが、とても広いですね。

商売を営む住宅だったので、住んでいる人も多かったのでしょう。

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この扉の穴は江戸時代の自動ドアで、扉を閉めるとこの穴に木のパーツがはまって外からは開かなくなります。

そのため必ず中に誰かいて、誰か帰ってくると開ける必要がありました。

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木の格子にも仕掛けがあって台形の格子になっており、外からは見ずらくて中からは見やすい造りになっています。

プライバシーってやつですかね。

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こちらの欄間は屋久杉を使っており、現在ではかなり高級なお値段が付くそうです。

欄間から差す光は模様が動いているように見えて、幻想的な光景を作り出します。

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次は憧れの晋作さん誕生の地へとやってきました。

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高杉家の長男として生まれた晋作さんは萩の名門 明倫館に通いながら松下村塾にも通い、吉田松陰の元でその頭角を現してきます。

どちらかといえば裕福な家庭に生まれた晋作さんが奇兵隊を結成して倒幕へと突き動かしたパワーはどこからやってきたのでしょうか。

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約一か月ぶりの晋作さんとの2ショットです。

晋作さんとの再会に胸が躍りました。

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自転車にまたがり、平安古鍵曲という高い土塀に囲まれた道を進んで次の目的地へと移動です。

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途中、旧田中別邸で休憩させていただくことにしました。

ここは元内閣総理大臣 田中義一さんの別邸だそうです。

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川を見ながら風を感じて外を眺める男は総理大臣にでもなった気分なのでしょうか。

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こちらは桂太郎さんのご自宅です。

縁側には水琴窟があって、水を垂らすと美しい音色を奏でます。

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桂太郎は明治維新後に3回にわたって内閣総理大臣を務めた人物です。

実は山口県は総理大臣を8人も輩出している総理大臣県です。

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藍場川の流れる小川沿いに建つ旧湯川家屋敷の中には、しゃれたスペースがありました。

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川の水を家の中まで取り入れて池泉庭園としていました。

ここの水を生活用水として使用していたんだそうです。

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次に訪れたのは松下村塾です。

幕末期に吉田松陰が主宰した私塾でございます。

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8畳の一室からはじまったこの松下村塾から久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋など明治維新で活躍した人物たちが輩出されました。

同じ志を持った人物が揃えば、日本は変わることができるのです。

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こちらは松陰神社です。

世田谷にも松陰神社があって、そちらには吉田松陰のお墓があります。

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志半ばに安政の大獄で処刑されてしまった吉田松陰。

しかし、その弟子たちが吉田松陰の想いを受け継ぎ倒幕を果たします。

人の想いは継承されて後世に生きる人間たちが受け継いでいく必要があります。

わたしたちはなにを受け継いでいくべきでしょうか。

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偉人の自宅におじゃましようシリーズラストを飾るのは伊藤博文別邸です。

この建物はなんと私の第二のふるさと品川区大井町から移築された建物なんだそうです。

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この家の廊下の天井には鏡天井と呼ばれる一枚板で出来た天井があります。

吉野杉という木でできた無節、無傷、樹齢千年の価値ある杉板の天井になっています。

こんなすばらしい家に住んでいるなんて、さすが初代内閣総理大臣ですね。

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伊藤博文の別邸の横には萩に住んでいた頃に使用されていた旧宅と萩焼で出来ている陶像が建っていました。

像がカラーで出来ているなんて、さすが初代内閣総理大臣ですね。

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こちらは世界遺産にも登録された萩反射炉です。

反射炉とは大砲の鋳造に必要な金属溶解炉のことで、軍事力強化の一環として導入されました。

しかし、こちらの反射炉は試験炉であったのではないかと考えられています。

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最後に木戸さんの家で出会った案内係のおばちゃんから教えてもらった明倫館へとやってきました。

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明倫館は元々長州藩の藩校で山口と萩の二カ所にありました。

こちらの萩明倫館は2015年3月まで実際に小学校として使われておりました。

今年から一般公開に向けた改修作業を徐々に行っていくそうです。

こんな素敵な小学校から生徒がいなくなるのは少しさみしいものです。

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有備館という剣術場と槍術場を兼ね備えた建物です。

晋作さんもここで剣術の鍛錬に励んでいたのでしょうか。ドキドキ。

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こちらの池は水練池と呼ばれ、遊泳術や水中騎馬が行われた日本最古のプールです。

水中騎馬って凄まじい光景が見れそうですね。

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明倫館を見終わって萩の街サイクリングは終了です。

萩の街はサイクリングするのがすごく気持ち良くて、川があったり公園があったりで快適な自転車旅になりました。

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この日はおしゃれなゲストハウスのrucoに泊まって萩の夜を過ごしました。

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二階のロビーはしゃべり場20代ナイトが繰り広げられました。

人の数だけ人生のストーリーがあるなと感じた夜。

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もちろんキッチンで自炊も出来ちゃいます。

 

錦帯橋・東行庵・下関・関門海峡・角島・萩・秋吉台と観光盛りだくさんの山口県。

行くまでなにも知らない土地でしたが、気づけば山口県に合計五日間も滞在してしまいました。

本州と九州を結ぶ山口県、大変おすすめでございます。

 

 

本日のまとめ


萩 ⇒ 城下町 ⇒ 松蔭神社 ⇒ 明倫館

歩いた歩数 17364歩

使ったお金 10,318円