長崎、軍艦島をおさんぽ

 

世界遺産に決定したニュースを見ながら、軍艦島を思い出す四十五日目。

世界遺産に決まった軍艦島、長崎の平和公園、世界三大夜景の見える稲佐山を巡りました。

長崎の歴史に触れて、人々の様々な想いを感じて、街を歩きます。

長崎の歴史を巡ろう編第一弾スタート!

 

 

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日本を支えた炭鉱の島 軍艦島


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長崎巡りの一カ所目は船に乗って、話題の軍艦島へ行ってきます。

後ろの豪華客船ではなく、真ん中の高速船に乗って島へと向かいます。

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巨大な船を造っている三菱重工の造船ドックです。

長崎と三菱は関係が深く、軍艦島も三菱石炭鉱業の炭鉱として発展した島です。

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軍艦島へと向かう途中には軍艦島と共に主力炭鉱として稼働していた高島もあります。

こちらの島には今でも人が住んでおり、トマトの栽培で有名だそうです。

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船で走ること45分、いよいよ軍艦島が姿を現しました。

軍艦島の正式名称は端島で、島の姿が軍艦のように見えることからその名が付きました。

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無人の高層鉄筋アパートが立ち並ぶ姿はなんとも不気味です。

島が軍艦の姿に見えるのは高い岸壁とこの高層アパートが理由です。

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軍艦島にある高層アパートは日本最初の鉄筋高層アパートで、当時の最先端の技術が取り入れられていました。

しかしエレベーター等はなく、高層階同士で行き来できるようにアパート同士が通路で繋がっているのが特徴だったそうです。

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島の周りを一周して、不気味な雰囲気漂う軍艦島へとついに上陸です。

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1810年頃、この島で石炭が発見されて採炭がはじまりました。

1890年に三菱が島を買い取ってからは急激に島は発展して、最盛期には約5300人が住むようになり、当時の東京の9倍もの人口密度になったそうです。

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廃鉱になり1974年に無人島になってから眠っていた島が世界遺産候補になったことにより、観光島として一躍有名な島になりました。

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この建物はかつての端島小中学校だった所です。

子どもたちは高層アパートの中を走り回って遊んでいたそうです。

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島の中は長い年月によって崩れた建物ばかりですが、耳をすますとかつての賑わいが聞こえてくるかのような佇まいです。

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ここで採掘される石炭によって日本の産業は発展し、軍艦島で働く人々によって日本は支えられていたのですね。

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当時住んでいた人がガイドとして軍艦島の説明をしてくれます。

ここには工場があったそうで、当時の姿が浮かんできます。

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かつて賑わいを見せていた島も今は見学通路以外の場所は立入り禁止になっており、上陸ツアーでしか島の外周も見ることが出来ません。

この日も平日なのにツアーは混んでいましたが、世界遺産に決定するとさらに混雑するのでしょうね。

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島には度々高波が襲ってくるため窓は小さく作られ、割れにくい造りになっていたそうです。

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炭鉱マンたちが疲れを癒した共同浴場があった場所で記念撮影です。

島で必死に働いた男たちの熱い想いを胸にしまい込んで、軍艦島から次の場所へと向かいます。

 

 

戦争を二度と繰り返さない祈り 平和公園


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かつて原爆が落とされた場所は悲劇を忘れないための公園として生まれ変わっていました。

長崎は造船の街として栄え、三菱重工の造船所は戦艦「武蔵」を造ったことで知られています。

軍艦を造っていた街、それが後に悲劇の理由となってしまいました。

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原爆によって破壊された浦上天主堂の残った壁の一部です。

壁上にはザベリオと使徒の石像がかろうじて残りました。

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原爆の被害にあった人々は水を求めて、川に集まったそうです。

そして、川で力尽きておびただしい数の人の遺体があふれかえっていたそうです。

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ここには被爆当時の地層が残されています。

人間が作り出した破壊兵器は大地すら壊してしまいます。

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亡くなった子どもを抱く女性の表情が、この悲劇のすべてを物語っているかのように感じます。

長崎の原爆の被害にあった人は子どもや女性が多かったそうです。

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平和公園の中心には平和祈念像が立っています。

この像は人種の垣根を超えた顔になっていて、空に伸びる右手は原爆の脅威(過去)を水平に伸びる左手は平和(未来)を示しているそうです。

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再建された浦上天主堂にも立ち寄りました。

日本最大規模のカトリック教会であり、多国籍文化が見られる長崎の象徴でもあります。

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どんな国の人であろうと、どんな信仰の人であろうと、祈るのは共通して「平和」のはずです。

それなのになぜ人は争い、国境を作ってしまうのでしょうか。

私たちの住む日本が間違った方向に進まないことを祈り、そして一人一人が当事者意識を持って考える必要があるのではないでしょうか。

 

 

世界新三大夜景 稲佐山


稲佐山へはロープウェイが2月まで運休しているため、予約制のバスで向かいます。

やさしい運転手の兄貴が「今日は夜景見えんけ、それでも行くか?」と一言。

「奇跡を信じて行きます!」と私たちは懸けることにしました。

運転手の兄貴と無敵が口癖のガイドさんと私たち4人でバス貸切で稲佐山へと向かいました。

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バスを乗り換えて、稲佐山へと到着!!

このとおり、霧でなんも見えません。

それでも風で霧が流されるのを信じて、外で待ってみます。

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諦めかけたその時、一瞬霧が晴れて街の灯りが見えました。

霧が立ち込める夜景はなかなか見ることが出来ませんので、これも良い経験ですね。

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夜景が見えなくても満天のスマイルの葉加瀬さんのとなりに行くと自然と笑顔になります。

晴れた日は後ろの背景のような夜景が見えるようです。

最高の夜景というわけにはいきませんでしたが、バスで他の夜景スポットを見せてくれたり、長崎の人のあたたかさに触れて良い思い出になりました。

明日は長崎の歴史を巡ろう編第二弾、長崎における幕末の歴史を巡ります。

 

 

本日のまとめ


軍艦島 ⇒ 平和公園 ⇒ 浦上天主堂 ⇒ 稲佐山

歩いた歩数 13300歩

使ったお金 17,710円